学び舎の創設 > まなびやの創設
アジア学院創設以来7期21年間、理事長を勤め、また初めの18年間校長兼務で働かせて頂き、去る3月末日に感謝をもって退任した。歴史の転換期に将来へのビジョンを掲げて「まなびや」を起こしてきた21年間はまことに波瀾万丈、多くを学ぶ年月であった。中嶋正昭氏(設立発起人の一人)を次期理事長に選任した理事会は筆者を創設者理事として永くアジア学院の発展のために奉仕をつづけるよう要請され、筆者はこれを謙虚にお受けすることにした。 この機会に、アジア学院という学舎(まなびや)の創設について記し、学院の今後の発展に資することにしたい。 もとより、学校などというものは、ただ一人の発想や力でできるものではない。創立20周年記念出版誌「共に生きるために」の冒頭に記したように、「天の時、地の利、人の和」が、ある時期と場所に一つとなった時、時が満ちて、初めて成り立つのである。 緊急に必要な第三世界の農村指導者養成の仕事を、これまでの経験を生かして本格的に発足させたいという声は、アジア学院が実際に発足した1973年春に先立つ10年近く前から、アジア・アフリカ等途上国、それを支える欧米等の先進諸国の主にキリスト教会関係、とりわけ農村地域開発に長い経験と熱意をもつ団体や運動体の積極的な働きかけがあった。 なかでも、キリスト教のエキュメニカル運動を地球規模で展開する世界教会協議会(WCC)やアジア・キリスト教協議会(CCA),各国のNCC等と関係する友人知己から次第に力強い具体的な声となってきた。一方、途上国の都市農村開発援助を進めている欧米の教会関係団体は、急速に経済成長をしつつ農業改良の働きも進めている日本で、彼等が期待する方向で研修プログラムを形勢しつつあった筆者に焦点があてられてきたのである。次へ続く >> |
