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| 創立以来のアジア学院の営みの中心は、当然のことながら、「学び」である。洋の東西を問わず、古くから「人の一生は学びの一生である」といわれているが、近年そのような生き方をしているしている人々は多くない。
わたし達は、アジア学院の全体が常に学びであるように努力をつづけてきた。学生、ボランティア、職員、来訪者の方々みんなが、学びの生活を生涯つづけ、かれらの活動を通してその様な生き方が世界各地に広がりつづけることを願い、また卒業生の働きを通して実現することを目指している。 学院全体が常に学びであるための根源的な要件はたべものの分かち合いである。たべものは自然と人間の営みとの結晶であり、これを分かち合うことで人間同志、、また他の全てと共に生きることになるのである。 アジア学院で学ぶ人々は自ら働いてたべものの高度な自給率を保ち、校用地の自然環境に適した有機農法を営み、たべものの生産活動が自然環境を保全し、分かち合いが社会環境を良くし、同時に精神環境を高め深め広める学びをつづける。このような学びは生命の尊厳と環境保全、人間の自主自立に不可欠である。 自然環境の中でたべものの生産に直接かかわるのは農民であり、その大多数は途上国の人々である。アジア学院は途上国から、農村コミュニティ−形成に献身する有為の人材を招いて、日本その他の国々から集まるボランティア、インタ−ン、職員等と共に複数の民族、文化、言語、風俗、宗教、信条の人々による「アジア学院コミュニティ−」を形成しており、望ましい地球世界を彷彿させる面もあるるが、創立以来20年余りを経た今日、たとい数時間でも学院にいる事自体がお互いにとって学びであるという状態に近づきつつある。 このような理解を端的に示すのが学院のモット−:『人のいのちと、それを支えるたべものを大切にする世界をつくろう−共に生きるために』である。二十年をこえた今、学院の土も水も空気もグッと良くなってきた事は、周りの植生や人間関係にそれと見て分かるほどになってきた。そこには我々が目指す世界の調和的多様性と、それを促すおおらかな創造的緊張が感じられるのである。 学院の生活の全てが学びであるような実践へと導くカリキュラムについては次回に記すこととする。
1994年8月3日 |
