学び舎の創設 > 鶯と開発

 

長く寒かった冬のせいか、今年の鶯が鳴きはじめたのは4月に入ってからである。桜も今年は一週間ほど遅かった。5月中旬になって、鶯はますます盛んに早朝から夕方7時頃まで、一日中、学院の雑木林をアチコチ場所を変えながら鳴き続けて、わたしたちを楽しませてくれる。

鶯は例年になく数多く、学院の林を離れずに居るらしい。この調子だと夏に入っても鳴き続けるのではなかろうか。これには自然界の営みを乱す異変が原因ではなかろうか。

鶯の数も多いし、近くにいて、虫などをついばむ機会を待っているようである。他の鳥たちも同様で、目を見張るような美しい鳥たちが代わるがわる樹や畑にやって来て餌をあさり、わたしたちを楽しませてくれるのだが、やはり不安に思うのである。

と言うのは、一年ほど前から、学院に隣接した雑木林が次ぎつぎと「開発」されてしまった。美しい雑木林が二日たらずで無残にも薙ぎ倒され、自然が百万年以上もかかって作ったと思われる、豊かな腐葉土に覆われた分厚い表土が一瞬のうちに消されてしまった。

長い年月そこをねぐらにしていたこじゅ鶏やふくろうは掻き消されたようだし、春の柔らかい新芽を食べて育つ幼虫や、それをせっせと運んでヒナを育てる小鳥たちも、突然生活の場を奪われしまったのである。

わずかな面積の「開発」行為であっても、それが環境に及ぼす影響は恒久的なものであり、表土と共に那須野ヶ原の希少植物も多くが失われた事を合わせ思うと、鶯が鳴くのを喜んでばかりはおれないのである。

新しい安住の地を求めて、道ひとつ隔てたアジア学院の林にやって来た鳥や虫たち、それらが運びこむであろう無数の種や微生物と共に生きる平和なキャンパスを創るのは「共に生きるために」ここにいる、わたしたちの使命なのである。

自然と共に生きるに必要な知識と技術、感覚と感性、強靭な意思と優しさと忍耐力、見識などを備えた人材をはぐくむ学び舎の創設は、「開発」行為が続くからこそますます力強く進めねばならないのである。その生き方を世界各地に広めるのである。

1996年5月12日

 

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