学び舎の創設 > 食料安全保障
| 昨年末、「1996年は(食)の年であった」と、ある新聞が報道した。
確かに昨年は北朝鮮の飢餓問題と、緊急食糧救援を訴える国連や国際赤十字のアピール、それを結局は阻止した政治・経済の権力のせめぎあいが年頭のマスコミで大きく報道された。 春になると例の大腸菌O-157の不気味な威力が国全体を揺り動かし、それに呼応するかのように、アトピー性疾患の子どもの急増が様々な形で報道され、一般の(食)への関心をかき立てた。実際「都市部では乳幼児の過半がアトピー性ですよ」と不安げに話した医療関係者にも出会った。 来世紀の始め頃には中国だけで世界のコメの輸出可能量の全てを必要とするようになると、チェスター・ブラウン博士が警告したのは初春の頃であった。 国際レベルでは、すでに数年前から食糧安全保障に関する会議が世界各地で開かれ、それらを総括する形で第2回世界食糧会議が11月にローマで開催された。「食糧安全保障」のための体制づくりのためであった。 参加者は各国政府の代表であり、宣言文には食糧安全保障を確保する方策が明記された。要点は、1)現在の先進国主導の貿易体制の強化、2)WTO(世界貿易機構)とガット体制を徹底させて食糧の安定供給をする、というのである。つまり、世界の食糧の供給を先進国主導の食糧貿易によって行うというのである。 平行して開かれたNGO会議の代表達1200人は、これに対して独自の宣言文を発表した。その表題は極めて示唆に富む。(食糧供給は)「少数の利益のためか、みんなのためか」である。 政府代表による宣言文には、もう一つ重要宣言がある。「2015年までに世界の飢餓人口を半減する」というのである。だが、今から約20年前の1974年にやはりローマで開かれた第1回世界食糧会議は、その時点から「10年後には世界の飢餓状態を消滅させる」と宣言している。その結末はどうか、言うまでもない。過去20年間に世界貿易体制は格段に強化されてきた、その間に飢餓は消滅どころか急増している。 人は(食)から離れる事はできない。毎年、毎日、毎時が(食)の時である。現在の深刻な課題の一つは(食)と(農)が離れつつあることである。これについては、あらためて記すことにしたい。 |
