学び舎の創設 > 凝縮 - 1
| 戦後50年を記念した1995年の幕開けは阪神・淡路大震災の大惨事であった。多くの被災者の方々を思い、今も胸が痛む。
その直後に、私はある講演の中で次のようなことを述べた。 「あの大震災の惨害は、戦後50年そして明治の開国以来百数十年に亘る日本の近代化、都市・産業化の営みと、それに伴う自然破壊の凝縮がもたらしたものである。」 世界有数の大断層の真上であることを知りながら、巨大工業・商業都市を際限なく築き続けるために、上へ上へと積み上げた瓦礫の山がグラッときた一瞬に横倒しになり、残ったのはやはり瓦礫の山である。痛ましい事である。悔やんでも悔やみきれない事である。 人間の営み、そしてすべての物事には歴史性がある。昨日のない今日はなく、今日のない明日はない。近年の目まぐるしいライフスタイルの変化は、人々をしてその営みの歴史性に殆ど意を留めなくしてしまっている。歴史眼の喪失である。そこからはビジョンも未来への指針も生まれてこない。 アジア学院は今年創立25周年を迎える。時が満ちて、アジア学院が発足するには、それに至る長年の多岐にわたる時の動き、戦後世界のマクロ、ミクロの動向、食と農への取り組みの蓄積と凝縮があった。 また25年間の800名を越える卒業生(アジアの土本号巻頭の文参照)、数百名の元ボランティア、国内や海外で活動する元職員、現職員らの学びの蓄積と凝縮がある。また無数の支援者の力も大きく働いている。これらを的確に理解することは、今後のARIの活動を充実するために不可欠である。 今年、この欄ではアジア学院の歴史性について様々な角度から考察し、今後の発展に資したい。これも「学び舎の創設」の大切なわざの一つである。 |
