学び舎の創設 > 凝縮 - 2
| アジア・アフリカなどの諸地域にくらべると、日本の農具、農機具の種類は圧倒的に多く、効率的で、美的要素をも備えているように思える。南中国から西へベトナム、タイ、インド、パキスタン、遠く東アフリカ、西アフリカにいたるまで、農具、農機具の種類は極めて少ない。鍬など、私が見たところでは、ほとんど一種類である。
重く平べったい鍬で、雨期前のカチカチに乾いた大地を、鍬の柄ほどに痩せこけた身体をしなわせながら、一振り一振り喘ぎながら耕している姿を見ると、なんとか一工夫できないものかと思うのである。 私が猫の額ほどの自分の畑で使う鍬だけでも7種類ある。地域では優に10種類は越すであろう。私の鍬の二本は用途と身長、体重にあわせて宮城県で作っていただいたものだ。鎌も日本の場合、用途にあわせて無数にあり、丁寧に研いで大切に使えば長年ご厄介になれるし、愛着もでてくる。 鎌といえば、南アジアからアフリカまで、おおむね刃渡り70センチほどの鉈(蛮刀という人もいる)をふるって、日本よりははるかに硬く、丈も伸びた草などを叩き切るのである。その調子で、学院の農場の草刈りを海外の学生に日本の鎌でやって貰うと、ものの一時間もせぬうちに薄く鋭い刃は見事に欠けてノコギリのようになってしまう。 この一事で日本の農具や農器具は他にくらべて優れており、途上国の人達は農業技術を習得する適正を欠くなどど判断することはできない。 長い植民地支配で、自国の土地を支配され、植民地宗主国の必要とする農作物を自分たちの主食を犠牲にしてまでも栽培してきた結果、一介の農場労働者と化し、自営のすべも意欲も失った地域も多くあるのである。 長期間(ときには数世紀)にわたって人々と共に土をも収奪した植民勢力が残した物は荒廃であった。そこへ外から大資本がやってきて大型機械と化学物質を用いる輸出農業が事態をさらに悪化させた。これでは農具や農器具、また家作その他の生活改善のための創意工夫が簡単に生まれてこないのは当然かも知れないのである。 アジア学院の農場では、何世紀にもわたって上記のような重荷をおうて生きのびてきた人々と共に私たちも労働をする。鍬や鎌、苗床、むしろ、リヤカーなどなど先人の知恵の凝縮である農具などを用い、土や水、草やみみずなど自然の恵みと営みの凝縮と謙虚に取り組んで、いのちを支えるたべものを今日も作り、未来へ向かって共に生きる働きの中に太古からの共生の知恵の凝縮・知恵を体現していく。 そこには言葉に言い尽くせないよろこびがある。 |
