学び舎の創設 > 善の力 - 2

 

アジア学院は今年第27年目の研修活動へと進む。その活動力の源が「善の力」であることを前回書いた。この場合、「善の力」は「愛の力」である。また善意とは「善を実践する意志」のことである。

「戦争と革命の世紀」といわれる20世紀もあと僅かとなり、いよいよマネーが全てを支配する様相を呈している。人々は自分たちが作り上げてきたマネー中心、消費中心の生活の混沌に底知れぬ不安を感じている。聖書が示すように、人の心の乱れが世の乱れとなっている。

一超大国のマネーと軍事力で世界の秩序を維持できないことは明らかである。権力と暴力による勝ち負けの世界では、「敗者」がやがて立ち上がって「勝者」に挑戦することは避けられない。ますます暴力がはびこる世にあって、われわれは「善の力」こそが悪に打ち勝つことを信じて生活を共にしている。

競争社会にどっぷり浸かっている人々には、嗤うべき存在かも知れない。だが、アジア学院のわれわれは世間知らずのお人好しでもなければ、孤高の士でもない。毎年途上国から集まって共に学ぶ人々は、農村社会の貧困や差別など過酷な状況の中に生まれ育ってきた。心の傷を負い、偏見や猜疑心の持ち主、一筋縄ではいかない人であっても不思議ではない。

これらの方々を仲間として迎えるスタッフの面々も、決してお人好しではない。それだけに、善意が支配する学びの共同体を作り上げることに懸命なのである。

学院の生活で食事は大切な行ないである。食事の度に一同はたべものを大切にし、感謝をもって分かち合うことを学ぶ。食前には必ず全員で感謝の祈りと歌をささげる。歌は祈りである。

みなが好んで唱う歌のひとつには、ミュージカル「サウンド オブ ミュージック」の主題歌のメロディー(ポーランドの愛国歌)がある。あの優しく美しいメロディーを唱うと不思議に和やかな食事の雰囲気と生きる勇気が醸し出される。善意の塊のような可憐なデボラ カーが唱う甘く美しい世界、善意だけがまかり通る世界が非現実的なことは、学生も職員も充分承知している。激しい研修をおえて帰国するかれらを待っているのは過酷な農村の生活であることも百も承知である。

その容赦ない現実の中で、愛する卒業生達をいまも力づけているのは、善意が圧倒的に支配する学院での生活、食前の祈りの歌、また讃美歌などである。卒業後何年もたっても寄せられるかられからの手紙に明らかである。

「善意によって生きた想い出」が過酷な現実をいま生きる力となっているのである。(かく言う私も善意が人を動かし社会を変革する力を持っていると信じて疑わない。おおらかにしたたかに生きて行こうと思う。お嗤いあれ。)

 

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