学び舎の創設 > 農について - 1

 

食べ物は人間ばかりでなく、全ての生き物にとって一刻も欠くことのできない大切なものである。

生き物はたべものによっていのちを維持する。その食べ物は様々な植物や動物、微生物また水や空気、土や光その他数えきれない数々の無機質そして有機質によってできている。食べ物は環境全体が相働いてできるものなのである。

いのちは環境によって支えられるが、環境もいのちによって支えられねばならない。いのち - 食べ物 - 環境 - これらはほとんど同義語であると言ってよいほど不可分な関係にある。これらの中、一つが不健全になると、他の二つも不健全になる。

最近とみに「農」への関心が高まっているようである。これは、実は現代社会のライフスタイルが現在および未来のいのちと環境にもたらす深刻な脅威に目覚めた、極く少数の人々が抱く関心であるようだ。ほとんどの人々は自分の食べている食べ物が、いのちを脅かすほどに汚染されていることに無頓着のようである。

自分たちが食べる食べ物に真剣でないのは、自分のいのちを生きることにも真剣でないと言えまいか。自分たちが食べるものが、何処でどう作られ、どのようなものであるかを知ろうとしても、容易には知る事が出来ない社会は、いのちをいい加減に扱う社会である。

「農」とは人々のいのちを支える食べ物を作る、間断ない仕事、おこない、なりわいのことである。

人は生きている限り欠くことなく食べ物が必要だから、農も人が生きている限り必要である。この大切な農に直接たずさわる(携わる)人々が農民である。農の第一義的目的は人々のいのちと環境を支えるこのであって、金儲けではない。農と農業は極めて深い関係にあるが、同一ではない。

現代農業は消費主義経済の仕組みの中に深く組み入れられており、その第一の目的は利潤追求である。農業は農ではない。いのちを支える生き方は中途半端では出来ない。いわゆる「兼業農家」は消費主義経済の中に存在するもので、結局中途半端な生活しかできないのではなかろうか。

今年七月十二日(月)に国会において「新農業基本法」が成立した。第一回目の農業基本法は一九六二年に成立したのだが、以来三七年という比較的短期間に日本農業そして日本の農に壊滅的な打撃を与えた。これについては後日あらためて記したい。

アジア学院はいのちを支えるにふさわしい食べ物を作る、農に生きる農民のリーダー研修をその使命としている。

 

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