学び舎の創設 > 農について - 5

 

農は食べ物を作り、いのちを支える「いとなみ」を続ける事で、人のいのちとそれを包容する自然環境、そこにあるあらゆるいのちとを一つにする働きをしてきた。が、科学技術、都市・産業化社会の目まぐるしい発展は、人が自らのいのちから遠ざかり、その事を知りながら知らぬ振りをするという、おぞましい事態を引き起こしている。(前号参照)

アジア学院では小規模の養鶏をしている。校内でのタマゴ用、そして現金収入を得るためである。そのために年間300 - 400羽の産卵鶏の雛(ヒヨコ)を孵卵場から購入する。日本全国では年間約10億羽の産卵鶏ヒヨコが養鶏業者や農家などに供給さる。

言うまでもなく、購入するヒヨコはメスである。実際に孵化するヒヨコはオス・メス同数であるから、日本で年間産まれるヒヨコの総数は約20億羽。オスのヒヨコはどうなるのか。孵化直後に雌雄鑑別士(セクサー)によって、オス・メスに分けられ、オスはすぐさま処分される。消却処分、あるいは生きたまま豚の餌にされると聞く。人間は承知のうえで、極めて合理的にむごい事をする。そして知らぬ振りをする。

世界には、いまだに女性の平均年齢が男性のそれよりも低い地域が数多くあるという。女性が医療サービスを受けたり、必要な食べ物を食べる機会が社会的に制限されているからだという。人間の社会でもセクサーが働いているのである。

このような現実を知っている人々は数多くいるし、知ろうと思えば知ることができる。自分のいのちを支える食べ物の事であり、社会を豊かにし、いのちを育み、家庭を守るなど、生きるに欠くことのできないパートナー、人類の半数を占める女性に関わることなのである。

それでも知ろうとしない、また知っていても知らぬ振りをする。知らぬ振りができるのは、知っているからである。

わたしは、二十世紀の特徴は「知らぬ振りをする」ことだと思う。新しい世紀には、知らぬ振りをしない「農」を基盤とする世界を創るために、全力を注ぎたい。

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