学び舎の創設 > つつしんで生きる - 1
「つつしんで」は日本古来のことばです。過去の過ちを繰り返さないように、用心して生きる。過去から学び、より良い未来のために、今を懸命に生きる、というきわめて積極的な生き方をあらわすことばです。今の生き方に、過去と未来とが渾然一体となっている、大変味わい深いことばです。千年以上も前、平安の初期にはすでに日本人の生活に深く根をおろしていたようで、源氏物語などにも出てくることばです。 また、「つつしんで」には、尊いものの前に姿勢を正して生きる、という意味があります。万人にとって等しく尊いもの、それはいのちです。本来、いのちを尊ばずに生きることはできません。 今年のお正月にいただいた沢山の年賀状には、「つつしんで」は全くつかわれていませんでした。わずかに「謹賀」の謹の字が三枚ほどにあっただけです。ことばは、その意味する生き方に活かされている時に、用いられるものです。 いまの日本では、「つつしんで生きる」ということばは、ほとんど用いられません。つつしんで生きる人がほとんどいないからだと思います。「過去の過ちを繰り返さないように、用心して生きる」、「姿勢を正して生きる」人々がごく少なくなったのでしょうか。 わたし達がとにもかくにも今生きているのは、遠く平安の昔から、否その遙か前から、先人達が未来に向かって営々と、「つつしんで生きて」きたからなのです。 「つつしんで生きる」ことは、みんながその気になりさえすれば、いま直ぐここで、できる事なのです。なにしろ、わたし達はとにかく生きているからです。 まず食事からはじめるのです。食事(飲食)は、わたし達が生きることを望む限り、その生のおわりまでつづけます。妊娠中の女性は、新たないのちを世に生み出すために、先輩や専門家のことばに従って、食事その他すべて節制して暮らします。酒、タバコをやめるのはもちろんです。お腹にいる新しいいのちに相応しい食事をし、つつしんで生きるのです。 父親もつつしんで生きる事は言うまでもありません。(断食は、身も心もつつしんで生きるために、一時飲食を意図的に節制するもので、精神的な経験でもあります。) アジア学院は世界各地の若者が、日々自然と共に働いて食べ物を生産し、未来のいのちをゆたかに支えるために、つつしんで生きる学びの共同体です。 |
