学び舎の創設 > つつしんで生きる - 7
| まる2年ぶりにニューヨークを訪れ、ブルックリンハイツ遊歩道(プロマナード)からマンハッタンの南半分を観た。右手遠くにエンパイヤーステイトビル、左手遠くに自由の女神、眼前のマンハッタンの摩天楼郡の向こうにはハドソン河ごしにニュージャージー州がかすんで見える。
遊歩道の入口に1枚の写真が掲示してある。説明はない。数年前に撮ったのであろう、中央にあの巨大な世界貿易センタービルがひときわ高く聳えている。しかし眼前のマンハッタンのビル群には、もはやセンタービルを見ることはない。空白である。 わたし達夫婦は昨年9月11日に偶然乗り合わせた飛行機がカナダのバンクーバーに緊急着陸し、その夜泊まったシアトルのホテルで、あのいまわしくも悲しい同時多発テロ爆破事件のことを知ったのである。 今度ニューヨークへ滞在して「September 11th」、日本風に言うならば「911」がアメリカ社会に固有名詞としてすでに定着していることを知った。テレビなどのマスコミはもちろん、人々の日常会話にも「911」は頻繁に出てくるようである。 自転車などの乗り入れを一切禁じられた遊歩道をジョギングなどして行き交う色とりどりの男女は一見何の屈託もない。人々はあの青空に何を見、また見ようとしているのだろうか。あの写真には何の意味がある-のだろうか。 あの「911」以来人間社会は大きく変わってしまった。他者を信用しなくなったのである。「人を見たら泥棒と思え」、「オレに見方しない者はみな敵だ」、「力は正義なり」、「勝者はつねに正しい」。人類は単純に二分されつつある。正邪、善悪、強弱、貧富…。空港でのチェックインは厳重を極めるものであった。わたしの爪切りセットにあった刃渡り3センチほどの折りたたみナイフは没収された。数年前航空会社から貰ったプレゼントである。 アジア学院は愚鈍なまでに理想を追い続けている。もっとも端的に言うと「世界中の人々が一人の例外もなしに、毎日仲良く働いて、美味しくて健康なたべものを食べ続ける」世界の現実である。そして学院のモットーは「共に生きるために」である。この21世紀に理想の実現はかなりの所まで具体化しているに違いない、と信じて疑わない。われらは百年、千年さきを見据えて、今日も努力している。 学院に世界各地から集まって汗を流して働いている老若男女をみると、確信が湧いてくるのである。その原動力となるのが、一人ひとりが常に身をつつしむことなのである。 |
