学び舎の創設 > ライフスタイル(3)
20世紀はしばしば「戦争の世紀」といわれ、わたし達の大半はその20世紀に生まれ育っている。20世紀のあのような世紀にし、いまそれを21世紀にそのまま引きずり込んでいるのもわたし達である。「戦争の世紀」主な所産は@難民とA人工食品である。@の難民については少し前号に述べた。今号ではAの人工食品について記す。 前線にあって戦いの合間に兵士たちは思い思いにアルミ缶に入った「食糧」をナイフなどで突き破って食べたのである。そこには「食事」などという観念はほとんどなかった、と思われる。ただ体力の維持と空腹を満たすだけであった。エサである。ただそれだけの事なのだ。自分の都合のよい時に食べればよい。他者、たとえば家族の分かち合いなど考えなくてもすんだ。 この軽便な食のスタイルは戦後の食のあり方に世界規模で重大な影響を及ぼす。歩きながら食べる事も、若者を中心に当たり前になってきた。私が米国に留学していた約50年前、テレビディナーというのがはやっていた。食卓に並べられたご馳走を思い思いに自分のトレイに取り、テレビに向かいソファに坐って食べるのである。お客のわたしもそうである。そこには分かち合いの心も、一家団欒も皆無に等しい。 いまや家庭の食卓へもテレビが強力に入り込んでいる。そこへビデオなどを意のままに挿入する「技術」を幼い子供までが手に入れている。一家団欒など消えてしまったのだ。 新しい価値観の創出である。食はどうでもよい価値観である。 台風23号に続いて新潟中越地震が山間僻地の人々を襲った。尊いいのちを亡くされた30名を超える人々とそのご家族に衷心よりお悔やみ申し上げたい。 一方、10万におよぶという避難民に暖かい食事を提供している奉仕者の人々に感謝と敬意を表したい。あの見るからに暖かそうなケンチン汁−期せずして同じ釜の飯を食っている。 日常の生活から分かち合いの心を失いたいばかりか、その心をこそ次の世代に伝えて生きたいものである。災害待ちではなく、そう生きたいのである。 前号で「難民」について述べた。難民は現在約1700万人、そのお世話をして生計を立てている人々が500万をくだらない。これはわたしの私的見解だが20世紀において「難民」という「新人類」を生み出したわれわれは21世紀において、自分自身−人間全体が難民になると予測する。おぞましいことである。 |
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