学び舎の創設 > ライフスタイル(4)

 

機会に恵まれて、夫婦で新潟市とその南数十キロの巻町を訪ねた。磐越高速約300キロの運転は往復わたしである。山また山、トンネルまたトンネル、本州の分水嶺を超えるのは一苦労であった。高速道路とは名ばかりで、点在する集落に下るあたりが片側二車線、あとは一車線、わずかにワイヤーロープでへだててはあるものの、事実上は対面交通である。夕方新潟市のホテルに着いたときには、終日雨だったせいもあって、ヘトヘトに疲れていた。日本海側は経済的にも冷遇されるのであろうか。

土地の人の運転の仕方のよってその土地の文化をうかがえるものである。新潟市の人々は、暗くなった雨が降りしきる道路をゆっくり整然と進んでいた。追越などは一台もない。

忍耐強く、順法精神に富む社会的性格が車の運転によくあらわれていた。田中角栄氏の時代、そのむすめさんの時代、その影響力が弱くなったいまはどうであろうか、などと思いながら雨の中をゆっくり整然と進む車の列に入って進んだ。

今回の講演旅行はお二人の神経内科さんのお医者さんの肝いりで実現した。新潟市と巻町の社会福祉センターに、係りの人のご努力で、それぞれ50名ほどの同病者とその家族、ボランティなどが集まっておられた。わたしは依然述べたように、この20年来「脊髄・小脳変性症」という得体の知れない病気にかかっている。「得体の知れない」というのは専門のお医者様も同様で、確かに病気ではあるのだが、「得体の知れない」のである。したがって国指定の難病になっている。

集まっておられたのは、ほとんど合併症の方々と見受けられた。それも神経科と精神科の合併のようである。お世話する配偶者の人々の多くも同様に見受けられた。

わたしは何について話したらいいのでしょうか?お医者様に訊いて見ました。「なんでもいいんです。あなたの日常の生きざまを語ってください。」これは易しいようで難しい質問である。とくにわたしは奇異な人生を生きてきた。そのどれ一つとっても話しになる。

要するに、集まった方々を前にして、何を話すか、それが「得体の知れない」病気を抱えながらも方々から集まってこられる人々の、これからの生きざまの力となるような話をしてくれ、と言うのである。

わたしの日常の生きざまが人様の生きる力となる。思っても見なかった。これからの人生、心して生きよう、としみじみ思ったのである。申すまでもなく、それはライフスタイルの良い課題である。

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